1997年:生産終了
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History of INFINITI Q45
1997 End of Life 生産終了

高い志を持って生まれたG50型インフィニティQ45も97年9月、 生産開始から8年を経て遂に生産終了を迎えることとなった。

末期には日本ではライバル・セルシオに台頭を許すだけではなく、身内のシーマにも猛追され月に100台以下のレベルまで販売が落ち込むなど、 最後の1〜2年はいつ製造が打ち切られてもおかしくない状況にはなっていた。

既にアメリカではその前年よりY33型シーマが2代目Q45の座に就いており、 国内でも同様にフルモデルチェンジを受けインフィニティQ45に代わるパーソナルカーのフラッグシップに位置づけられていたため、 「G51型」へのモデルチェンジが行われる事も無く、鮮烈なデビューと比べて実に静かな幕切れであった。

最終年、1997年(平成9年)に製造されたG50の数は、総勢で230台前後と言われている。

尚、事実上の兄弟車であるJG50・PG50型プレジデントはその後も98年末のマイナーチェンジなども経て、 排ガス規制の猶予期限一杯である2002年まで生き残ることとなる。

その敗因は如何なるものだったのか?

一般に言われているように「コンセプトが独創的過ぎた」「市場のニーズに合わなかった」というのも確かに一理ある理由。

何故ならば、セルシオが成功を収めたように、確かに日米の高級車ユーザーが求めていた車は「普通の高級車」だったからだ。

しかし、一方では売る市場を間違えたのではないか?と思うこともある。

当時、欧州市場には「インフィニティ」は投入されていない。 アメリカと日本がG50が狙った2大市場であった。 だが、その高い走行性能やスタイリッシュなセンスなどは、 どちらかと言えば欧州市場の方が向いていたのではないか?と思わせるフシがある。

新興のプレミアムブランドがいきなり欧州市場で成功するという可能性は 、レクサスが未だに苦戦しているように決して高くはないのだが、 あの性能と「ジャパンオリジナル」というコンセプトを掲げたQ45をフラッグシップに欧州へ乗り込めば、 大きな成功はなくとも一定の評価は得られたのではないか?と思うのだ。

尚、資料によっては「98年3月」を最終年式としているものがあるが、 公式には97年9月でインフィニティQ45の製造は終了しており(ラストナンバーG50-301481・HG50-301102。共に97年9月製造)、 この時期に登録された車があるとすれば、それはたまたまその時期まで売れ残っていた在庫車であると考えられる。